歯科衛生士として訪問歯科で働く

  • 歯科衛生士

歯科衛生士のお仕事は歯科医院で予防歯科に携わるイメージが強いと思いますが、今回のDEN-PROコラムでは訪問歯科のお話をさせて頂きます。

「超高齢社会」と呼ばれる日本で、今、要介護高齢者は歯科の通院が困難な方が増えている傾向にあります。病気やケガなどで、体が不自由で思うように動かせない患者さんは、ご自身でお口のお手入れが十分に出来なくて、治療が必要な状態になりやすいです。歯を失って口腔機能が低下すると、食べたり・飲んだりすることがスムーズに行えなくなり誤嚥を起こしやすくなってしまいます。

患者さんの口の中だけでなく、体全体の健康を維持するために口腔ケアは必要です。今後、日本社会の高齢化が進む中で、訪問歯科診療の必要性はますます高まってくるのではないでしょうか。

訪問歯科の需要

現在の日本は、男女とも平均寿命が上昇し、世界で最も高齢者が多い国となりました。医療の進歩や、生活環境の改善、健康意識の向上などにより死亡率が低下し、「超高齢社会」と呼ばれるほど高齢者の人口が増えてきています。
「超高齢社会」とは全人口に対して65歳以上が21%を超えてしまっている状態を言います。

日本の総人口が減少している一方で、65歳以上の高齢者の人口は増加し、2019年度には過去最多となりました。総人口に占める高齢者人口(65歳以上)の割合の推移をみると、1950年以降上昇が続いており、1985年には10%でしたが、2005年に20%を超え、2019年は28.4%となりました。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によりますと、この割合は今後も上昇を続け、2025年には30.0%となり、2040年には、35.3%になると見込まれています。

厚生労働省のまとめでは、2019年の日本人の平均寿命は女性87.45歳、男性81.41歳と過去最高を更新しており、男女とも3大死因と呼ばれた、「悪性新生物」、「心疾患(高血圧症を除く)」、「脳血管疾患」に次いで多い「肺炎」などの死亡率の変化が平均寿命を延ばす結果となっているのではないでしょうか。

また、2018年には3大死因に「老衰」が加わりました。老衰は1947年をピークに減少傾向が続いていましたが、2001年以降は、死亡数・死亡率ともに増加しています。老衰が増加した背景には、社会全体の高齢化とともに、医療の進歩や治療をせずに自然な死を受け入れるという考え方の変化もあると思います。

高齢者が増加することは、要介護者数が増加することにも繋がってきます。日本の要介護認定を受けている人口は、介護保険制度が始まった平成12年から平成28年のわずか16年で約3倍にもなっています。
厚生労働省が平成29年に調査した「年齢階級別歯科推計患者数及び受診率」によると、高齢者の歯科受診率は外来診療が中心のため75~79歳をピークに、その後、急速に低下しています。
また、要介護者の約9割は何らかの歯科での治療や専門的口腔ケアが必要であるのに対して、実際に治療を受けたのは約27%というのが実情で、要介護高齢者における歯科医療の需要・供給体制には差があるのが現状です。

高齢化が進む日本ですが、「人生100年時代」は、けして大げさなことではなく、寝たきり状態や病気などで治療が必要でも歯科医院に行くのが困難な患者さんが、通院せずに歯科の診療・治療を受けられる訪問歯科診療は、社会の変化が進む中で、今後ますます需要が高まってくるのではないでしょうか。

訪問歯科における歯科衛生士の業務とは?

訪問歯科診療は、寝たきりや歩行困難などで通院が困難な方のための歯科往診サービスです。

訪問歯科診療で主な歯科衛生士の業務は「専門的な口腔ケア」です。
歯科医師の指示のもと、患者さんの自宅もしくは施設に訪問し、定期的な口腔内のクリーニングを行い、食べ物の噛み方・飲みこみ方(嚥下機能)の維持・回復・向上の仕方について、指導と助言を行ったりします。

口腔ケアは、ただ歯みがきをするだけではなく、歯茎、舌、粘膜など口の中のすべてから、入れ歯を含めた清掃、患者さんの「食べる」を支えるため、虫歯や歯周病、口臭や誤嚥性肺炎の予防など。どれも全身の健康を守るためにとても大切な仕事です。
口腔ケアを行うことで活動的に生きがいのある生活や人生を送ることが出来るよう支援し、コミュニケーション機能の回復や、美味しく食べることが出来るようになることで生きる意欲の向上にも効果が期待できるので、やりがいを感じます。
高齢者のお口の中は、服用している薬の影響などで唾液の量が減り乾燥していることが多いです。そのため自浄作用が低下して汚れがたまり、菌が繁殖して口臭も発生します。口腔ケアを行うことで、口の中がさっぱりして気持ちが良いと喜んでいただけるのがとても嬉しいです。

在宅療養者や要介護高齢者は身体機能の低下に伴って口腔機能の低下も考えられます。歯や義歯の調子が悪くなると「食べる」ことがだんだんと難しくなりますので、食事がとれなくなると栄養状態が悪くなり基礎疾患の回復にも影響が出てきます。口腔機能の改善のためには、高齢者の口腔機能向上を図ることが不可欠です。
特に早い段階で歯科が介入し、一人ひとりの生きがいや自己実現のための取り組みを支え、口腔衛生状態と口腔機能の改善を図り維持向上させることはとても重要だと言えます。

また、訪問歯科では多職種と連携して「食べる」こと「生きる」ことを手助けします。ケアマネージャーやヘルパーと一緒に患者さんの全身状態を把握して口腔ケアをしていくのも大切な業務となります。

訪問歯科で働く衛生士に必要なことは?

訪問歯科で働く衛生士に求められるものは、ホスピタリティがありコミュニケーションが取れ、ご高齢者のお世話する事が好きな方が良いと思います。

患者さんによっては、お話しが大好きな方もいらっしゃり、私たちの知らない昔の時代のお話を、楽しそうに話してくださることもあります。患者さんとゆっくり向き合うことが出来るのも、訪問歯科の魅力の部分でもあります。

また、訪問歯科の患者さんは何らかの全身疾患を抱えている方が多いです。歯科衛生士は専門的口腔ケアを行うだけではなく、患者さんの全身状態の把握やリスクの管理が必要となってきます。
開口状態が維持できない患者さんに指を噛まれそうになったり、口腔ケアや治療を嫌がり暴れて手や足が出てきたこともありました。自分達はもちろん、患者さんにケガをさせないために、細かい作業をしながらも広く周りに注意しながら行なわなければなりません。

外来と違い、車いすやベッド上でのケアが中心となりますので術者の腰への負担も多い仕事です。術者と患者さん共に体への負担を考えながら短時間で効率よく行う必要があります。一見、単純そうな作業をしているように見える口腔ケアも、患者さんの体調や負担を考慮し、ご家族の思いなどにこたえるべく、様々な知識や技術の習得などが求められます。

まとめ

日本は今、超高齢化社会を迎えております。

高齢になると、脳血管障害や神経変性疾患などにより嚥下機能が低下するため誤嚥しやすく、命に係わる病気と結びつきやすいです。
口腔ケアを行う事で、口の中の清潔が保たれ口腔機能が回復すると、正常な味覚がもどり食べることが楽しくなり、体だけではなく心の健康にもつながります。患者さんのQOLを確保するために、今後ますます訪問歯科の需要も高まってきています。

歯科衛生士の求人は院内求人が多く傾向にありますが、訪問歯科に転職されるケースも今後は増えてくると思います。歯科衛生士としてのキャリアアップとしても今後注目される分野だと思います。